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2009年2月

よしながふみ『愛すべき娘たち』 【漫画】

よしながふみさんの話は、絶妙にはさまれるセリフのないコマが、ものすごく語っているのだ。相手が言った言葉に対する反応を、セリフのないコマを置くことで一拍おく。その“間”の表情によって、人物の心のうちを深く考えて読み取ろうとしてしまう。この“間”の絶妙さが、本当に凄い。そして心地よい。

まあ、よしながふみさんの漫画がどれだけ凄いかなんて語り尽くされてるだろうからもう終わり。

この話で一番好きだったのは、第一話で、雪子が片付けてない部屋を理不尽な怒られ方をされた時の母親のセリフ。「親だって人間だもの 機嫌の悪い時くらいあるわよ! あんたの周囲が全てあんたに対してフェアでいてくれると思ったら大間違いです!!」P.11 

それを押し殺していくことが“良い母親”なのかどうかは、いまだに謎だが。親ってのは自分にとって害になり得ないものだと(実際に百害でしかないのを実感しているにも関わらず)心のどこかで信じていたいのは、やっぱり“親”だからだよなあ。だからこそ、いい親でありたいと思うんだけどねー。ほら、親も子供を育てながら一緒に成長するっていうじゃん。人間っていつまでも成長途中。親に完璧さを求めるのは間違ってるんだよなー。はは。じゃ、エラそうにするなって?それはそれで、年食ってる分ムリ。(←ほら、この辺こども。)

愛すべき娘たち (Jets comics) 愛すべき娘たち (Jets comics)

著者:よしなが ふみ
販売元:白泉社
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吉野万理子 『チームあした』  【児童書】

チームあした (学研の新・創作) チームあした (学研の新・創作)

著者:宮尾 和孝,吉野 万理子
販売元:学習研究社
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『チームふたり』の続編。前回、秋の市大会で一緒にダブルスを組んだ先輩は卒業。純はたったひとりの6年生となり、東小卓球部のキャプテンとして張り切っていた。転校してきた5年生の広海もかなりの腕前で、今度の大会も期待できそうだ。そんな時、顧問の先生が腰を悪くして入院することになってしまった。代理でやってきたコーチは「努力すれば県大会にも出られる」なんて大きな目標を口にする。努力すれば誰でも上にいけるという目標と、コーチの的確な指導によって卓球部は大会に向けて熱気がみなぎっていた。それなのに、ある日突然コーチが姿をみせなくなる・・・。

卓球界にラブリー愛ちゃんが登場してから、マイナーなスポーツかと思われた卓球も注目を浴び始めた。映画にもなった漫画もあるし、やってみると奥の深い結構ハマるスポーツのようだ。そんな卓球にぴったりな主人公、純くん。真面目なんだなあ。ほんと、真面目に一途に考え込むのが特技。主人公にありがちな派手でスポーツも軽々こなすが挫折を経験し・・・なんてタイプではなく。卓球を楽しんで素直に上手くなりたいと励む地味なタイプの少年。そんな彼の真面目な姿に拍手を送りたくなる。

真面目なキャプテンを中心に、話を軽やかにしているのが大地先輩や後輩の広海。先輩は何かと純を心配し、彼が上達することを素直に歓迎している。中学生とは思えない爽やかさ。純でなくても頼りにしたくなる。後輩は後輩で、自分が上手いことを認識しつつ純をたてて盛り上げていく。部内にあまり衝突はなく、上手にやっていってるのも純の人徳だろうか。西小との対決は唐突な気がしたが、おかげでスリルある試合展開となり、純のスマッシュにこちらもスカッとした。ルリ先輩の意地の悪さ・・・特に妹が試合に出る際の声かけなんてひどすぎる・・・には、ちょっと抵抗感があったなあ。自分で性格悪いとわかってても、あまりにも不器用すぎてかわいげがない。

子供は今がすべてと思ってしまう、というコーチの言葉に納得。今これを!って思って周りが目に入らなくなっちゃうんだよね。コーチはもうひとつ踏み込んだ性格にして欲しかった気もするけど。踏み込みすぎてハズしたら・・・漫画になっちゃうか。新しいコーチが部内に新しい風を運んできた。純はその風に乗って、新しい自分を見つけ明日という未来を思い描けるようになる。真っ直ぐ胸張って生きてくのも大事だけど、ちょっと疲れたら、新しい風を自分の中に吹き込むように立ち止まって周りを見渡すのも大事かもね。

チームふたり (学研の新・創作) チームふたり (学研の新・創作)

著者:宮尾 和孝,吉野 万理子
販売元:学習研究社
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川上弘美 『どこまで行っても遠い町』

東京の商店街、そこに住む人たちとそこを行き交う人々の、なんてことはないけれど続いていく毎日を書いた連作短編集。ニュースにもドラマにもならないかもしれないけど、誰にでも事件はある。辛かったり楽しかったり。そんな中にあるちょっとの幸福を、えぐり出すのではなく、さりげなく書き出して読む人の心をくすぐる。

「貝殻のある飾り窓」の津原由起は、会社の先輩から飼えなくなったハムスターを譲り受ける。寿命はもう短いと聞いていた通り、ある日冷たくなっていた。そのことを告げると真代先輩はかわいそうと涙を流す。その様子を見ながら側でつったっていた由起は、「その刹那、わたしは真代さんという人が、ほんの少しだけ気に障った。」P220より。

他人と関わらなくては生きられない日々、良くも悪くも自分も他人も大好きでいられることなんて滅多にない。だったら、嫌いなのかというとそんなでもない。なんだか“イラッとする”つまり、“気に障る”のだ。特に意識はしなくても気に障ることの連続が、他人と付き合うということかなと思う。それを「ああ、もうっ」と爆発させることもあれば、大事に心の奥にしまいなかったことにする。もしくは両方を取り入れて、上手に世の中を渡っていこうとする。人生は連綿と続いていくのだ。なるべくだったら穏便に過ごしていきたい。

人はいくつもの他の人生と交錯し触れ合って、人生を補いあいながら生きていく。果たして、その時に触れ合った人生を本当に理解することができていたのか。たまに自問自答し過去を振り返る。が、それもすぐに忘れ、また違う人生を求め触れ合い時に憎しみあいながらも、持ちつ持たれつ細く長い道を歩いていく。そうした中で触れあった部分が、その人の中に少しでも自分という形を残すかもしれない・・・その繰り返し。ああ、人生ってそんなもんかな、ってしみじみ。

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どこから行っても遠い町 どこから行っても遠い町

著者:川上 弘美
販売元:新潮社
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新海誠・佐原ミズ 『ほしのこえ』

ほしのこえ (アフタヌーンKC) ほしのこえ (アフタヌーンKC)

著者:佐原 ミズ,新海 誠
販売元:講談社
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始めにいっておくと、新海誠氏が有名なアニメーターで「ほしのこえ」もいくつもの賞を取るほどの“アニメーション”であることはまったく知らなかった。ファンの方、すみません。佐原ミズの本が図書館にあったので、借りた。表紙からは学生同士の切ない恋愛モノだろうと。ところがぎっちょん。SF?主人公らしき少女は学生服を着たまま、エヴァンゲリオンを思い出すような乗り物に乗り宇宙を彷徨っている。

地球外生命体つまり宇宙人の発見により始動されたタルシアンプロジェクト。長峰ミカコは国連宇宙軍の一員に選ばれ、そのプロジェクトに参加することとなる。目的は地球外生命体の解析・接触そして必要に応じての戦闘。それが人類にとって無害なのか有害なのか。戦うことに意味があるのか。

と書くと、これから宇宙戦争でも始まるのかとなるが、実際はそれ程SFのにおいがしない。それはミカコが大切に思い続ける寺尾ノボルとのメールが主軸に置かれているからだろう。ノボルは地球にいて、かつてミカコも営んでいた平凡な生活を続けている。そもそも宇宙にメールが届くのか疑問だが、それはともかく光が届くのが何年もかかるように、ノボルにメールが届くのもミカコが地球から離れていくにつれ時間がかかるようになる。銀河系の果て冥王星からは半年。さらに遠くシリウスからは8年と7ヶ月。実は浦島太郎は宇宙に行ったのでは?みたいな説があるが、地上と宇宙そらと。時は確実にふたりを隔てていく。一体、精神世界のみで恋愛が成り立つのか。ミカコの思いは常に地球の何気ない日々、ノボルと過ごした懐かしい日々にある。無作為に選ばれてしまったミカコだが、良いも悪いもなく、ただ壊したくないただ思いを伝えたいという思いで戦いへと身を投じていく。

ノボルは段々と届かなくなるミカコのメールを待つうちにわからなくなっていく。宇宙では時に激しい戦闘が行われているにもかかわらず、対照的に平和で無関心な地球の日々。静かなモノローグと共に何気なく挿まれる、ふたりで過ごした懐かしい数々の瞬間。トモダチ以上の思いを膨らませながらそれ以上には進めずに。忘れていくのは簡単だが、ふとしたきっかけで脳裏によみがえりノボルを苦しめる。ミカコが辛い日々を過ごし、心の支えがノボルへの想いだけなのに対し、ノボルには全てがそろい溢れている。メールがすぐ届きすぐ返信をくれる相手がそばにある。それでも。

それでも――

全編を通してやさしい風が吹くような感じにお話が流れていく。ひとコマごとの表情が豊かで、セリフが少ない分静かに話に吸い込まれるようだ。ラスト、どうだろう、少し希望を感じたんだけれど。絶望の中の希望は、果たして幸福をもたらすのだろうかと涙する。

いやーまだまだ知らない世界がたくさんあるなー。今度はアニメで見てみたいなー。

ほしのこえ(サービスプライス版) [DVD] ほしのこえ(サービスプライス版) [DVD]

販売元:コミックス・ウェーブ
発売日:2006/11/17
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ほったゆみ原作 『ヒカルの碁 1~23』

ヒカルの碁 1 完全版 (1) ヒカルの碁 1 完全版 (1)

著者:ほった ゆみ
販売元:集英社
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碁は全くわからない。わからないけど、オモシロいってすごい。もちろん、読んでいて「この一手」で打ちのめされているのを見ると、一体どこがどう凄いんだ!とジレンマに陥るけれど。この漫画を読んで、碁をかじろうと思った人は多いはず。自分もちょっと勉強したいなあと思ったけど、計算力集中力が皆無(残念なくらい)なので、まずムリだろうとあきらめました・・・(TT)

誰のファンって、やっぱり佐為。アニメも見たけど、佐為が消えた時は泣いたなあ。今回原作読んでも泣いたよ・・・旦那にばかにされながら。消えるとは思ってなかったから。思ってなかったけど、なんでヒカルはそこまで佐為をペット扱いなわけっと心底腹立つ時多かったな。段々佐為も自分が消える時が近いとわかり始めてきてからは特に。自分に近いもの程、なくしてからその本当の大切さがわかる。ってなもんだけど、本当に消えてからじゃあ遅い。でも、ヒカルの嘆きようにちょっとは救われた。ペットだけじゃなくて親兄弟友達恋人みたいに、それこそ空気のような存在だったんだなあと。そこから、一本筋の通った大人へと劇的に変化したところが見事に描かれていて唸らされる。いなくなってしまってから、佐為についてひとことも他人に言及しないでいられるヒカルって本当に強い、凄いと思う。

ラストはもっと佐為の存在を具体化して欲しかった~。ヒカルが負けて終わるのは、未来へ続く感じでまあ納得はできるけど。負け試合の中にも秀策を見た――って相手につぶやかせて欲しかった!ってのは贅沢か。そんなのなくてもヒカルにとって、どれだけ大切な存在かはわかるもの。抽象的には。そう、抽象的過ぎるーって仕方ないかお化け(!)だし・・・(泣)。佐為にもっと碁を打たせてあげて欲しかったなー。塔矢親子はもちろん、韓国中国の凄い人たち。そしてヒカル自身とも。

ヒカルは自分の中で佐為との別れを消化して見事に成長していったのに、こっちはぜっんぜんお別れできてないのだ。一気に読んだせいかなあ。いややっぱり、心狭いただのおバカ・・・(TT

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あさのあつこ 『風の館の物語Ⅲ』 【児童書】

風の館の物語(3) (講談社文学の扉) 風の館の物語(3) (講談社文学の扉)

著者:あさの あつこ
販売元:講談社
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ぅぅ…あらすじ欲しい・・・。あと家系図っていうか相関図?前巻出てそれ程経ってないと思うけど、忘れてる・・・情けない(ρ_;)

洵が暮らすことになった風の館は不思議な館だ。館の周りに吹く風は洵に語りかける。そして洵が足を踏み入れた部屋には異世界が広がり、この世のものでないものたちが洵に語りかける。そこへ現われたのは得体の知れない黒い怪物。一体、正体は何なのか。洵は風の館を守るために戦うことを決意する―――。

いよいよ、黒い怪物が館に乗り込んできました。決戦が始まった感じです。洵のゆるぎない真っ直ぐな心が、全てを解決に導いてくれると思うけど。どうやら相手も手ごわいみたいですねえ。最近『片耳うさぎ』を読んでいて、石原さとみちゃん以外に何か思い出すなあと感じたのは、このお話だったみたい。古いお屋敷。こちらは洋館のイメージ(違ったっけ?)だけど、納戸にある秘密。隠し部屋。そして家を取り仕切る厳格で美しい女主人。古い家って命を持つようになるのでしょうか。それともいろんなモノが居ついちゃうのかな。そこに住む人たちを虜にして離さないような・・・。

大人たちとも手を取り合って信じあおうと立ち向かっていく所がいいですね。洵吾や鎧たちがこれから、どうやって洵たちと共に戦っていくのかも気になるし、洵の淡い恋心もからんできて、ますます楽しみです。

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中山聖子 『チョコミント』 【児童書】

家出。なんて魅力的な言葉でしょう。でも、かなりの行動力と決断力、それに精神力が試されます。ガキの頃だったらぷいっと家を出ても怖いものなんて何にもないかもしれない。でもある程度の大人になってしまったら。家庭という責任を負っていたら。いやいや、本当は行動力も決断力も精神力もどれも何もいらないのかもしれない。そんなものあったらかえって出て行けないのかも。あくまでも、ふらっと。この世からいなくなるかのようにさらっと。

鮎子のお母さんは、まさにふらっと愛犬の散歩途中にいなくなります。消息こそ、まめにお父さんに知らせてきますが、春も終わり夏休みが始まっても帰ってこない。お父さんはそっとしおいてあげなさいというけれど、小6の鮎子と小3の弟の遥斗はるとには、少しずつわだかまりができていく。あの時の私の反抗が、ぼくの言動がお母さんを追い詰めちゃったのか・・・。わからないことで悩んでも堂々巡りするだけ。日々の生活はお母さんといた時と変わらず、同じように過ぎていきます。鮎子自信も友達関係で悩みがあったり、遥斗もちょっと荒れてきちゃったり、同じような毎日でもお母さんがいないだけで、微妙にずれてくる日常。ずれてきている状態を正常にもどしたくても、どうしていいかわからない。そんな時に背中を押してくれたのが、隣のクラスの卓郎でした。彼は鮎子をキチンと見て認めてくれていた。自分を認めてもらう。こんなにうれしいことがあるでしょうか。もしかしたら、お母さんにもキチンと認めてもらえてないかもしれない自分だけど、見てくれている人はいる。そして鮎子は一歩を踏み出すことにします。

お母さんという存在は、いつでも目の前にある近い存在。でも、お母さんだって一個の女性という人間。彼女にはこども達の知らない過去があり、その時その場面で考え思い培ってきたことがあるのです。知りたいような知りたくないような、そんなお母さんの別の一面。鮎子から見たら、ワガママだと思う家出という行動も、お母さん=里香子側から書いたら、また別の物語が一本生まれてしまう。

結局、壊さないと何も生まれないということでしょうか。壊したことによって失ったものもあるけれど、得た物も多い。そしてそれは、これから一人ひとりが、未来へと歩いていく糧になるのでしょう。

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チョコミント (学研の新・創作シリーズ) チョコミント (学研の新・創作シリーズ)

著者:岡本 順,中山 聖子
販売元:学習研究社
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荻原浩 『ちょいな人々』

ちょいな人々 ちょいな人々

著者:荻原 浩
販売元:文藝春秋
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ちょいな人々、てのは最初の短編の題名なんだけど、全編通して“チョイ”な人たちが登場。みんな自分の世界に真剣で手一杯で、ちょっと周りが見えてない所がチョイとねーって感じ?ああ、もうっ(>ω<)と、目を閉じちゃいたくなる時もままあるんだけど、ついつい字面を追ってしまう。しょうがないなあぁ┐(´-`)┌・・・って見守る感じで面白かった。

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樫崎茜 『ヨルの神さま』

ヨルの神さま ヨルの神さま

著者:樫崎 茜
販売元:講談社
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公衆電話が「トゥルルルル」と鳴り響く―――中学生の恵めぐむが塾に行く途中に遭遇したちょっとした事件。思わず手に取った受話器から聞こえた「夜の神さま」ということば。勉強ができて素直で明るい弟、望のぞむと違い、自分のやるべきことが全く見えない恵。毎日が退屈で仕方がない。そんな日々の中で起きた、些細だけれどなんだか見逃せない出来事。「夜の神さま」を探し出すことにした恵の、ちょっとした冒険と成長が描かれている。

家にこもってパソコンと向き合うだけの日々でも、充実していると思い満足している人もいる。世の中、仕事も切られ家もない人がたくさんいる。もっといえば世界には一食を食べることすらできない人もいる・・・と思うと、学校に行って塾に行って適当に友達もいて休みの日はゲームをして・・・という日々を送れることは幸せなことだ。それなのに退屈。満たされない。なんという贅沢!だけど、そのことに気がつくのは全てをなくした時、もしくは全てを俯瞰して見られるようになった大人になった時。気がつくまでは、もがいていかねばならない。それはそれで辛いが、それが“青春”ということなのだろう。

ヨルの神さまを探し出してはみるものの、神さま達がやろうとしていたことは、決して褒められたことではなかった。神さまは、果たして本当に神さまなのか。神さまのすることは全て正しいこと・・・なのか?恵は不器用に考え続け、不器用に体当たりして答えを出そうとする。自分の置かれた境遇がどれだけ幸せか気がつかないように、自分の幸せが他人の大事なものを奪っているかもしれないということを自覚するのは難しい。自分にとって大事なものは善だとしても、他人から見たら悪かもしれない。だからといって自分の大事なものを捨てることはできない。せいぜいできることといったら、行き違いが起きないように言葉を発すること。思いを伝えること。

結局「ヨルの神さま」は本当の神さまのように孤高の人として終わってしまい、嶋先生も意地悪なイメージのまま。先生がその後、恵と望にどういう話をしたのか知りたかった。恵にとっては大冒険だったかもしれない。でも、いつでも夜中のような終始静かな雰囲気が漂う世界に、ちょっと眠たくなった。

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